ニート・フリーターでもどうにかなる人生

「○○するのが普通」から解放されよう!

普通はこれぐらいの歳で就職して、普通はこれぐらいの歳で結婚して、普通はこれぐらいの歳で家を買って……などなど、世間にはたくさんの「普通」が溢れています。なるほど確かに、そういった「普通」は一般的な人生を歩む上で一つの指針になるでしょう。しかし、それらは人生において守らなければいけないような絶対条件ではなく、そして義務でもありません。そういった「普通」に縛られない生き方もまた、一つの生き方としてちゃんとあるのです。

【「普通」だけが全てではない】

世間が推奨する「普通」が自分に合っているのならともかく、性格などの都合でうまく噛み合わない人が無理やり「普通」に合わせるのは非常に困難です。たとえば人付き合いが嫌いな人が結婚しても幸せにはなりにくいですし、他人に指示されることが不愉快な人は会社勤めが難しいでしょう。こういった無理に合わせた生活はかなりの苦痛やストレスを伴いますし、大抵の場合は長続きせずに破綻してしまいます。これはもう持って生まれた性格や生活習慣に根付いているものですでの、変えようとして「普通」になれるものではないのです。それならば、いっそ開き直って「普通」をかなぐり捨てましょう。現在の学歴社会は「普通」こそ絶対で、それ以外に生き方はないような風潮がありますが……ちゃんと目を向ければ、それらに縛られずに生きる道も存在しています。

【「普通」を捨てると出費は抑えられる】

いわゆる「普通」の生き方は、実はかなりお金のかかる道です。たとえば結婚して子供が生まれれば、子供の出産費用から始まって、彼(彼女)が独立するまで学費、習い事の費用、交遊費、食費、などなど……累計すると途方もない額の出費が発生します。しかしそもそも結婚しなければ、子供を求めなければ、それらの出費は一切発生しないのです。するとそのお金を自分のために使うこともできますし、あるいは最初からあまり稼がないつもりで、仕事で楽をする道も選べるでしょう。家などの購入についても同様です。皆が思う「普通」の生き方とは、実はとんでもない出費によってなりたっているものなのです。

【人々の「普通」は時代に適応できていない】

「普通」と呼ばれる生き方はかなりお金がかかる道であることは説明しました。しかし、現在は大不況の真っ最中で、多くの若者たちが低収入や厳しい労働環境に苦しんでいます。何故、そんな社会状況で出費の多い生き方が「普通」とされているのでしょうか? 冷静に見直してみると、かなり不自然な話ですよね。実はこの一般的とされている「普通」のビジョンは、平成初期や昭和時代に形成されたものを、ほぼそのまま引き継いでしまっているのです。かつての、好景気で働けば働くほど儲かった時代の人生設計図を、そのまま不景気である現在に引っ張ってきているものなのです。そのため、人々の考える「普通」の生き方はもはや時代遅れで、現代の経済状況に適応できていないシロモノとなっています。かつての時代ならともかく、現代においてその生き方をなぞるにはかなりの実力と運、そして苦労が必要になるでしょう。もちろんそれを目指すのは自由ですが、今となっては捨ててしまっても構わない価値観とも言えるのです。